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ほとんど使えないけれど、ひょっとしたら使えるかもしれないブログ
おそらくこのブログページを開いたあなたにも、現在過去にかかわらず自分を変えたい、

乗り越えたいと考えた経験はあるのではないだろうか?


村上龍の「5分後の世界」という小説の"あとがき"に興味深い内容が書かれている。


文学作品には読者とのかかわりにおいて、読者の主体性を侵すことなく感動や知識を与え、

最終的に読者自身が何も変わらない安心を与えること、

むしろ変わらない主体の輪郭をより強固することを目的とする作品があり、

これを”読み物”と表現している。


これに対し、読者の主体性を変貌させ、よりよい自分、より自由な自分へ、

他者や世界との関わりを新たに構築させることを目的とした作品を

厳しい目線で”小説”と表現している。


私自身が経験したゲーム作品において、

確かに作品に引き込まれ、感動や愉悦を感じられた”読み物側”の作品は多数あったが、

”自分が何か変わった”、”何かを始めたい”と感じられたといった

”小説側”の作品に出会った記憶は皆無といってよい。


正確には”小説的”であることを目的としているが、

作者本来の”読み物的”な部分の基本的性質が出すぎて、

最終的に作品に触れる側に正確に伝わっていない、もしくは勘違いされる形で

失敗している作品がジャンルを問わず少数まれに見かけるだけである。
(本サイトの「トリ」もこの部類である)


だが、近年の”変化”を求められる現実世界において、あなたが”小説的”なゲーム作品と

出会える可能性は、決してあり得ない未来ではないだろう。

むしろ、これからの作品が”小説的”に向かうことを期待してもよいのではないだろうか?

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