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ほとんど使えないけれど、ひょっとしたら使えるかもしれないブログ
先に断っておきますが、今回は滅茶苦茶長いです。

ベトナム戦争についてちょっぴり興味があるなら、読んでみてくださいね~。




○ベトナムがフランスによって植民地化された経緯

 
1858年ヨーロッパのアジア植民地化に遅れを取っていたフランスでは、
1857年に起こったカトリック宣教師殺害事件を理由に、ベトナムへ進軍しました。
(仏越戦争)

戦争敗退後、1884年にベトナムはフランスの植民地となります。
 
 
 

○カトリック宣教師殺害事件について

 
1833年ベトナム(グエン朝)では中央集権国家を目指し、宣教師の迫害をはじめました。

宣教師は国外追放を余儀なくされ、これに従わない宣教師は処刑されていたのです。

1847年逮捕された宣教師の釈放をうたい文句に、ダナンに入港したフランス軍艦は
ベトナム軍艦を砲撃しました。

これを機にベトナムは外国人に対する強硬姿勢を強め、1857年トンキン(ベトナム北部)で
フランス宣教師2名を処刑してしまったのです。



○植民地時代のベトナム
 
漢字は使えず、ローマ字表記を強制。
ベトナム文化を否定したフランス式の教育を強制。
アヘン、塩、アルコールなどの販売をフランスが独占。
フランス以外の商品に関税をかける。
 


最低ですな



○ベトナムへ進軍した日本

 
1940年ナチスドイツにパリを落とされ混乱していたフランスは、
ベトナムに日本の進軍を許してしまいます。

当時日本は大東亜戦争の真っ只中で、連合国である中国との防衛線して、
ベトナムの地を選んだのです。

1945年連合国側へ寝返ると踏んだ日本軍はフランス軍を武装解体し、
フランスの植民地支配を一夜にして退け、当時のベノン朝の王(バオダイ)に
ベトナム独立をさせています。

こう見ると日本はベトナムにとってありがたい存在に感じられるかもしれませんが、
日本はベトナム産の米を安価で徴収し、ベトナム内に米不足を招き、餓死者も出ています。

あくまで日本は自国が戦争に勝利することを目的として、ベトナムを独立させたのです。
 

 
○ベトナム独立運動

 
1941年ベトナム独立指導者ホーチミンがベトナム独立同盟設立(ベトミン)。

1945年大東亜戦争に敗北した日本がベトナムから撤退し、
ホーチミンがハノイを首都とするベトナム民主共和国として独立を宣言します。

ところがフランスは再度植民地化を狙いサイゴン(現在のホーチミン)を占領、
1946年ベトナムとフランスとの間にインドシナ戦争が勃発します。


 
○ベトナム南北分断

 
1949年インドシナ戦争の最中、フランスは傀儡政権としてバオダイを復位、
ベトナム国を樹立させます。

中国、ソビエトがホーチミンによるベトナム民主共和国設立を認め、
アメリカ、イギリス、フランスがバオダイによるベトナム国設立を認めてしまい、
ベトナム内における社会主義と資本主義の構図が出来上ることとなります。

長期化するインドシナ戦争に終止符を打つため、
1954年にジュネーブ協定にてフランスは撤退、ベトナムが南北に分割される
ことになります。
 
この時、社会主義の北側はハノイを首都とするベトナム民主共和国(北ベトナム)、
資本主義の南側はサイゴンを首都とするベトナム共和国(南ベトナム)が設立されました。
 

 
○トンキン湾事件からベトナム戦争へ

 
1960年北ベトナムは統一を目指し南ベトナムと内戦を開始。

南ベトナム内で解放民族戦線が展開されます。

1964年米軍駆逐艦マドックスに、北ベトナムの哨戒艇がトンキン湾で2発の魚雷を
撃ち交戦。

米軍は報復措置として北ベトナムのハノイへの航空機による爆撃を開始しました。

これを機に北ベトナム対アメリカのベトナム戦争が勃発してしまいます。
 
 ※1971年、トンキン湾事件はアメリカが仕組んだものだったと明らかにされている。
 
 

○ベトナム戦争

 
北ベトナム制圧のため、オーストラリア・ニュージーランド・フィリピン・タイ・韓国が
参戦しました。

特に韓国兵による民間人虐殺行為は非人道的で、民間人を震え上がらせていたそうです。

北ベトナムは森に隠れながらのゲリラ戦を展開し、アメリカはゲリラ対策として枯葉剤、
ナパーム弾を使用しました。

枯葉剤のおかげで奇形児が生まれたのは有名な話ですね。
 
 
 
○ベトナム戦争終結へ

 
1968年北ベトナムは状況を一転させるため、各地で一斉攻撃を開始(テト攻勢)。

結果的に失敗に終わりましたが、アメリカが撤退に傾く切欠になったと言われています。

さらにアメリカによるソンミ村での虐殺事件(村民504名をヘリで虐殺)が明るみになり、
世論が戦争反対へと強まってゆきます。
 
 
 
○ベトナム平和協定調印

 
アメリカはベトナムを手放すことを決意し、1973年パリで和平協定が結ばれ、
アメリカはベトナムから撤退しました。
 
その後、南北での内戦が続きましたが、その後南ベトナムは降伏し、
1975年、ベトナム戦争は終結しました。
 
 


近年のイラク戦争を見ると、核兵器を持っているかもしれないイラクへの見切り戦争は、
イラクに石油資源があったからと言われています。。。

堂々と核兵器を作るぞ~と言ってる北朝鮮に戦争を仕掛けないのは、
資源もなければ金もない北朝鮮に何のメリットもないからです。

ベトナム戦争では、アメリカはアヘンの恩恵を受けていました。

敗退したとはいえ、ベトナム戦争はアメリカにとって充分儲けられたのです。

白人にとって、戦争とは、金と資源を奪い取るためのビジネス

なのでしょう。
 
 
 
 
ちょっと一息  アジアの森より ベトナム人 vs 韓国人のチャット
 

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